学校の先生

指導力に自信のある先生に読んでほしい!力量アップのカギは思考転換 

「この間もいったでしょ。」 この間も、…

「何度言ったら、わかるの。」 何度言ったら、

「どうして、あなただけができないの。」 どうして、…

「なんで、こんな簡単なことが、わからないの。」 なんで、…

自覚のない生徒に、ついいら立ってしまいませんか? 指導をしているわけだから、生徒のために話しているわけですよね。

「こんな言葉」が、仮に子どものやる気をくじくことにつながっているかもしれない…

こんなふうに考えたこと、あなたはありますか?

いつも全力投球のあなたは、自分の働きかけが、生徒にどんな影響を与えているのかについて、振り返ることも意外と少ないのではないかと思います。

教師の感覚では「一度言ったことは、理解できる」「簡単なことは、できないはずがない

「普通みんなが理解しできること…だから、できないのは、あの子の問題…すぐ解決しないと…」

と、教師の思考パターンの方程式に、すべての子どもを当てはめようとしていることに意外と無意識な傾向を感じてきました。

ここまで読んで、すごく不愉快に感じられた先生方に向けて書いた記事です。

騙されたと思って、一度目を通されていただければと思います。ねらいは、私の正論を主張することではなくて、自信満々に仕事をしている先生方に、ちょっと立ち止まって自分を振り返る時間をとっていただきたい、それだけなのです。

「自分自身の教育観・指導観」のアップデートの時間です。

教師の思考転換!自信のある教師ほど自分を振り返らない

いらだちの原因

先生の頭の中は「一度言ったことは、理解できる。この程度、理解できるのが普通」

この言葉と同類の考え方に、完全に支配されています。

なぜなら、あなたは「精神誠意」「情熱をもって」「教師として、あるべき道を示し」「その子のためにと」疑うことなくご指導されている先生方ばかりだと考えているからです。

あなたの熱いご指導で

実際に「多くの教え子が、変わった」のです。

先生ご自身の目の前で「見事に成長」して巣立っていったことでしょう。

そして「先生、ありがとう。先生に出会えて、よかった」と感謝の言葉を残して。

親御さんからも、同様にたくさんの心のこもった感謝の言葉を頂いている先生です。

この事実が、今の先生を形作り心を支えているのですよね。

情熱を傾け、必死に働く先に「生徒の成長」を見取ることができる、教師は、最高の仕事です。

これって、簡単に表現すると「自分自身の成功体験」ですよね。

先生方は、みんなコレを持っているのですよ。

自分のしてきた指導パターン「生徒が成長し、感謝された経験」がイコールで結ばれているわけです。

これって、すべての先生が「お仕事をされて」成功していることになります。

その仕事をすると、みんな成功する。こんな職種ありますか?

どうして、多くの先生方が成功体験を持っているか。それは

A:「学校という場所」は、あなたが「右が正しい」と指導すれば、それを受け入れる多くの生徒が存在しているところなのです。

あなたの卓越した指導法で「紆余曲折しながらも、確実に成長してきた」生徒が多数存在しているわけです。

同時に、B:それを受け入れることができない数名の生徒もまた存在している場所、それが学校です。

さらに、感謝の言葉を残してくれる保護者ばかりではなく、いろいろな注文を付けてくる保護者も時にはいるのです。

先生の指導パターンは変わらないのに 

結果は2通り。この二つの実態は大きくかけ離れているわけです。

結果、教師はすべての生徒に

ご自身の指導パターンを基本に「自分の方程式での答え」を求めてしまう。

疑いもなく、求めてしまっている自分がいる。

時には、その場面での先生の正解は「しおらしい態度」であり「しっかりと自分を見つけた、反省のことば」のはずが、それが返ってこない。

これはその時のご自身の思考方程式にプラス1のアップデートを提案している記事です。

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指導力に自信のある先生に読んでほしい!自分が一番見えにくい

この間も、…

何度言ったら、

どうして、…

なんで、…

この記事の書き出しの言葉。

こんな言葉、親御さんもきっと使ったことありますよね。

三者面談等のわずかな親子の会話の中で、親からみたら「全く自覚のないわが子」に、ついいら立つお母さん。

「お母さんは、親の思考方程式に、わが子を当てはめようとしている」

そんなお母さんと、何人もお会いしてきたでしょう。

子どもは「だって、できないんだから仕方ないでしょ。お母さんキーキー言わないで。」そんな思いが湧き上がりブスーってしている険悪な場面。時々ありますよね。

一歩的に押し付けているお母さんのことは、教師は大抵一瞬で見抜けます。

しかし、「教師としての自分自身」となると、意外と難しいものです。

だから、自分は、絶対にそんなことはないと思われているかもしれませんね。

自分の思考方程式はあるけど………自分は本当に大丈夫、なのかな?

実態は、ほとんど無自覚です。実際の自分と目の前のお母さんの姿とは、全く結びついていない感じ。

だから、こわい。

指導力に自信のある先生に読んでほしい!学級担任の陥りやすい錯覚

学校生活では「早く、きちんと、同じようにできている」ことが求められています。そこを目指して指導がなされているとも言えます。

集団生活では、しばしば「みんなと同じようにすること」が求められやすいです。

その結果

先ほど記述したように

先生の指導内容をすぐ理解して

「できる多数派」と「できない少数派」に分かれます。

できない少数派は、「問題行動」として目立ちます。

この事実は教師だけでなく、多くの「できる生徒」にもわかります。その結果、

できている側が、できていない側に特別なレッテルを張ることもあります。

自分たちは「先生が求めていることを理解してしっかりとやっている」という意識がそうさせるのです。

圧倒的多数を背景に「できていない」が「変」に置き換えられ、時には「こバカにする言動」も起こります。

ハッキリと認定できる差別やいじめなら見抜けますが、多数派の陰に隠れた「こバカにする心理」は、見えにくいものになります。

なぜって、あなたは、先生の求めるとおりに生活している生徒に囲まれているのですからです。

教室で、また○○だけが忘れてしまい提出できなかった。

その時のあなたが「また、○○だけができない」との感覚から、どうしてもその生徒の問題現象のみに注目しがちになります。

その時の〇〇に投げかけた、あなたの視線、あなたの表情、あなたの口調、あなたの体、姿勢、態度、そして、あなたの指導する言葉は、そのできなかった生徒だけが聞いているわけではありません。

そうです。

クラス全体のできている生徒が、みんな先生を見ているのです。背中でも聞いています。背中で見ています。

そして、先生のすべてを見抜きます。この事実、影響力をしっかりと自覚していますか?

その時のあなたの言葉かけが、「そのできない生徒」へのモデル対応として、周りの生徒は見ているのです。

だって先生は、いつでも生徒全体のお手本でしょ。理想のモデルが、先生のわけです。

先生自身が、「同じようにできない生徒」に感じる深層心理が、映し出されいるはずです。

大丈夫ですか?

世の中では、「先生がいじめに加担していた!」というとんでもないニュースが流れます。

私の勝手な認識ですが、このような先生方の背景があるのではないかと考えています。

だって、どう考えても積極的に教え子をいじめる先生なんているはずがありません。

先生というやりがいのある素晴らしい職業にどっぷりつかって「自らを振り返ること」を怠った大きな罠です。

むすびに…

自分の背中は見えないでしょ。教師には、自信が必要。誇りが欠かせない。

その誇りは今までの実績。

でも、謙虚さを失った自分に気づかないと「裸の王様」になってしまいます。

おそろしことは、「謙虚さを失っている」自分に100%気づけないのです。

本人だけが。

随分と失礼な表現で、不快に思われたかもしれません。

この記事の意図は、私の考え方への「批判」でもいいから、

日常的に自分自身の指導を振り返る、謙虚さを持ち続ける必要性を伝えたいのです。

アップデートはPCだけでなく、日常頻繁にいかがですか?

むすびに

それぞれに個性豊かな生徒たち、私たちから見れば「かわいい生徒たち」ですが、一人の生徒から見れば『たった一人の先生』です。

すべての生徒から「私の先生」と呼ばれたいですね、それを目標になされてはどうでしょうか。

今日も、お読みいただきありがとうございました。